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[NPO] MitsuUroko Club

八王子城跡 三ッ鱗会

■ イベント:ルート探索ツアー


■ 17/12/02 第3回 八王子城跡探訪ツアー「心源院〜高丸」を開催

第3回 八王子城跡探訪ツアー「心源院から高丸までを歩こう」が開催されました。
心源院は八王子城本丸から北方に伸びる広大な尾根筋の最下部に位置する寺院です。戦国の戦いのとき、僧侶たちが待機しながらも直接の戦火にまみえることはなかったとされています。
今回のツアーはアップダウンの続く尾根筋を登りながら本丸直下の高丸まで歩こうというものです(地図は北が右側です)。

イメージ01

今回の探訪ツアーは総勢7名で行われました。
紅葉真っ盛りの心源院をスタートし、秋葉神社、大六天などのピークをへて八王子城高丸を目指しました。
高丸の天然の要壁、切り込んで作った土塁、曲輪群などを見たあと、山頂部まで足を伸ばし紅葉見物となりました。
快晴のもと、戦国の戦いの跡が刻みこまれた八王子城の城塞を肌で感じ取ることができた1日でした。

イメージ01 (室町時代に建立された山門。ほか全ては太平洋戦争で焼失しました)

イメージ01 (さあ、紅葉真っ盛りの心源院をスタートです)

イメージ01 (秋葉神社のご神木「スダジイ(椎)」。樹齢400年、だとすると落城を見ていたかも)

イメージ01 (最初のピーク「向山砦」。右側に「豊ケ谷戸」が広大な規模で下ります)

イメージ01 (八王子市街、関東平野が展望できる「大六天」。ランチタイムです)

イメージ01 (見晴らし台。とはいうものの戦国当時のことです。今は一面樹林)

イメージ01 (いくつアップダウンを繰り返したことか。下り注意です)

イメージ01 (「櫓台」。岩を削って土塁状に残した要壁。石塁ではない)

イメージ01 (窯跡。何を焼くために作ったものか?)

イメージ01 (えっ!! ここから登らないんですかとHSAさん)

イメージ01 (リーダーMTDさんの判断で一般道を迂回することに。目の前に高丸の要壁)

イメージ01 (高丸。真ん中に土塁。右側に切り立った要壁、左側に曲輪群)

イメージ01 (最後は山頂部まで足を伸ばし紅葉見物です)

以上を動画にまとめました。八王子城の大きさを体感できます。
視聴は右_(YouTube:3分半) 心源院〜高丸ツアー

■ 16/10/15 第1回 八王子城跡美化作業

「城跡の探求と保護」の事業の一環として第1回目の美化作業を行いました。
場所は御主殿の台所門から金子曲輪に斜めに登っていく、山頂部へのショートカットコースです。
この道の上半分くらいが夏あたりから草木(木というよりは笹竹ですね)が茂りだし歩けない状態になっていました。
集まったのはNPO法人「八王子城跡三ッ鱗会」のメンバー4名。
ずいぶんと丁寧に刈り上げ、すっかり気持ちのよい遊歩道に変身しました。
参加された皆さん、本当にご苦労さまでした。
この記事は参加メンバーのMTDさんから送られた写真をもとに構成しています。

イメージ01 (管理棟前で出陣式です。ちょっとFKSさんが写っていません)

イメージ01 (この矢印のコースはガイドと一緒でないと入ってはいけませんとの表示があります)

イメージ01 (まだ作業開始直後で皆さん元気があります)

イメージ01 (ここから上が繁茂して大変でした。でもず〜と上まできれいになりました)


■ 16/04/02 第2回 八王子城跡探訪ツアー「浄福寺城を歩こう」を開催

3月12日に催された、齋藤慎一先生による歴史講座「北条氏照と城館」を受けて、NPO法人「八王子城跡三ッ鱗会」が募った、第2回 八王子城跡探訪ツアー「浄福寺城を歩こう」が開催されました。
浄福寺城は氏照公が武蔵国守護代の大石家に養子として入ったころに機能していた中世の山城です。
すなわち、氏照公の本拠は、齋藤先生が由井城と表現していたこの浄福寺城、氏照公が苗字を北条に変えた時代の滝山城、人生の締めくくりとしての八王子城と、大きく3つの城館を遷移したことになります。

イメージ01

今回の探訪ツアーは総勢16名で行われました。
スタートは恩方第一小学校の裏手から、これは現代の登山道で、中世の登城道はもっと北側の尾根であったとされています。
浄福寺城は痩せた尾根を利用して堀切や竪堀が巧みに作り込まれていてその厳しさから、軍事的な目的のみの城館とする考えと、(眼下の)東麓(今の川原宿方面)を城下として支配した(常住の)城館とする考えがありますが、齋藤先生は著書で後者の説をとっています(括弧内は小生が付記)。
何はともあれ、鋭く作り込まれた城塞を肌で感じ取ることができた1日でした。

イメージ01 (第一集合場所はJR高尾駅北口。皆さん時間通りにやってきました)

イメージ01 (第二集合場所は川原宿大橋バス停。合流の2名が見当たらず携帯で呼び出し)

イメージ01 (さあスタート。中世の登城道はこれより左の北東側の尾根です)

イメージ01 (ここは上の地図の@の小さな頂部。ここで中世の登城道と合流)

イメージ01 (地図のA.主郭(本丸)へ向かう尾根の空間部)

イメージ01 (地図のB.北へ向かう尾根への取り付きの下。二つ続く虎口の上方)

イメージ01 (地図のC.浄福寺城最大の堀切。このツアーではロープを使いました)

イメージ01 (地図のD.中心部北側付近の頂部)

イメージ01 (主郭(本丸)直前の堀切と急登)

イメージ01 (主郭です。北条を名乗る前だから三ッ鱗の旗は立たなかったでしょう)

イメージ01 (集合写真。露光が狂って真っ黒。PCで一所懸命修正しここまでに)

イメージ01 (地図のF.本丸下の腰郭を通り虎口に降りたところ)

イメージ01 (帰路は急傾斜が続きます。堀切とかではなく自然地形です)

イメージ01 (浄福寺の本堂内を参観。本堂は江戸中期建立ということです)

以上を動画にまとめました。中世の厳しい山城を実感できます。
視聴は右_(YouTube:3分) 16年浄福寺城ツアー

■ 16/01/06 浄福寺城探訪ツアーの予備踏査

浄福寺城は北条氏照が滝山城を居城とする前に本拠とした中世の山城です。
NPO法人「八王子城跡三ッ鱗会」のメンバーと八王子城跡オフィシャルガイドの有志が八王子城ゆかりの城跡として踏査を行いました。
スタートは恩方第一小学校の裏手、民家の軒先を失礼させていただきながら登り始めました。
連郭式山城というだけのことはあって痩せた尾根筋を幾重にも折れ曲がり、その要所には大きな堀切群がありました。
最高部の山頂(本丸跡)に着くとそこは当時の人の手が入った、ほっこりとした平地です。
帰路は浄福寺に向かうルートを取りましたが、これがまた結構な難コースでした。
今回は三ッ鱗会が行う「浄福寺城探訪ツアー」の予備踏査のためのものでしたが、募集にあたっては「健脚な方、山歩きになれた方」という前提が付きそうです。
実行時期は、3月中旬ごろ、齋藤慎一さんの歴史講座「北条氏照と中世城館」が終わったあとです。

イメージ01 (集合は「河原宿大橋」バス停、右後方の三角の連山が本丸跡)

イメージ01 (本丸の手前、北側に分岐する尾根にある最も大きな堀切)

イメージ01 (本丸、ここで昼食をとりました。そして集合写真です)

イメージ01 (帰路も難コースの連続。積もった落ち葉で踏み跡が分かりません)

イメージ01 (下りた先端に浄福寺、この城の名前になったけれどそれは後世のことです)


■ 15/03/21 第1回 八王子城跡探訪ツアー「太鼓曲輪を歩こう」を開催

NPO法人「八王子城跡三ッ鱗会」の城跡探訪ツアーイベントの第1回目として「太鼓曲輪を歩こう」が快行されました。
参加者は12名で、ガイドリーダーは Official Guide の松田さん、特任講師(??)として八王子城跡研究家の前川先生も参加してくれました。
コースは、第1集合場所がJR高尾駅北口、第2集合場所が宮の前バス停前で、上の道(最終的に大手道に至る)の起点の御霊谷をスタートし、十連寺山を経由する尾根道を辿り、太鼓曲輪の堀切群に至るものでした。
太鼓曲輪尾根に存在する5つの堀切は、戦国時代からの姿をむき出しにしていて、そのスケールの大きさと戦国の鼓動を感じさせてくれるツアーでした。

イメージ01 (スタート地点からまもなく、この後ろが中央高速でそこから長い尾根道が始まります)

イメージ01 (十連寺山では当日の資料をもとにしばし歓談)

イメージ01 (結構歩いたあと、ようやく第1堀切につきました)

イメージ01 (太鼓曲輪で最大の第3堀切で集合写真、2名ほどが抜けています)


【ツアーの動画を作成】

 ここの堀切のスケールが体感できるよう、動画を作成しました。
 3分間のビデオです。一緒に歩いた気分が体験できます。

 視聴は次をクリック_(YouTube) 太鼓曲輪探訪ツアー